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  <title type="text">世界遺産の案内</title>
  <subtitle type="html">このサイトでは、世界遺産の紹介、案内をしています。</subtitle>
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  <updated>2009-08-17T11:52:19+09:00</updated>
  <author><name>No Name Ninja</name></author>
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    <published>2007-10-27T10:33:13+09:00</published> 
    <updated>2007-10-27T10:33:13+09:00</updated> 
    <category term="ヨーロッパの世界遺産" label="ヨーロッパの世界遺産" />
    <title>トジェビーチのユダヤ人街とプロコピウス聖堂</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<strong>トジェビーチのユダヤ人街とプロコピウス聖堂</strong><br />
<br />
<table border="2"> <tr> <td><font size="-1">トジェビーチのユダヤ人街とプロコピウス聖堂<br />
The Jewish Quarter and St Procopius’ Basilica in Trebic <br />
所在国：チェコ共和国<br />
世界遺産登録年：2003年 <br />
世界遺産の種類：文化遺産</font></td> </tr> </table> <br />
<br />
<em>トジェビーチのユダヤ人街とプロコピウス聖堂</em> は、プラハの南東約140ｋｍ、モラヴィア地方南西部のヴィソナチ地域トジェビーチ地区を流れるイフラヴァ川の河岸にあります。<br />
<br />
その川の北側に古くからユダヤ人の墓地とプロコピウス聖堂とが一緒にあり、中世から20世紀まで、ユダヤ教徒キリスト教の異教徒の文化が共存してきました。<br />
<br />
ここ、トジェビーチのユダヤ人街は、ユダヤ人のコミュニティーの生活とは、異なった側面を持っています。<br />
<br />
ユダヤ人街には1階に商店、2階に住居という家並みやシナゴーグ、皮製品の工房などがあり、丘の北斜面にあるユダヤ人墓地を含め、ディアスポラの伝統文化を色濃く残しています。<br />
<br />
丘の頂に建つプロコピウス聖堂は、13世紀初頭にベネディクト会修道院の一部として建造され、その後16世紀に改築された為に、フランスやドイツの影響を受けたロマネスクと初期ゴシック様式の特徴を兼ね備えたものです。]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <published>2007-10-27T10:31:47+09:00</published> 
    <updated>2007-10-27T10:31:47+09:00</updated> 
    <category term="ヨーロッパの世界遺産" label="ヨーロッパの世界遺産" />
    <title>ダフニ修道院群、オシオス・ルカス修道院群及びヒオス島のネア・モニ修道院群</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<strong>ダフニ修道院群、オシオス・ルカス修道院群及びヒオス島のネア・モニ修道院群</strong><br />
<br />
<table border="2"> <tr> <td><font size="-1">ダフニ修道院群、オシオス・ルカス修道院群及びヒオス島のネア・モニ修道院群<br />
Monasteries of Daphni, Hossios Luckas and Nea Moni of Chios <br />
所在国：ギリシャ共和国<br />
世界遺産登録年：1990年<br />
世界遺産の種類：文化遺産</font></td> </tr> </table> <br />
<br />
<em>ダフニ修道院群、オシオス・ルカス修道院群及びヒオス島のネア・モニ修道院群</em>は、10世紀から11世紀に造営された修道院群です。<br />
<br />
ダフニ修道院、オシオス・ルカス修道院、ヒオス島のネア・モニ修道院が、ユネスコの世界遺産に登録されています。<br />
<br />
ダフニ修道院は、アテネの西11?の近郊にあり、城壁に囲まれ、内部はギリシャでも屈指の優れたモザイク画やイコンで装飾されています。<br />
<br />
オシオス・ルカス修道院は、デルフィ近郊、ヘリコン山の麓にある、福者ルカスによって10世紀に設立された修道院です。<br />
<br />
中期ビザンチン様式建築の傑作と言われるドームを持つ八角形の大聖堂と、11世紀に作成された豪華絢爛なモザイク画が残っています。<br />
<br />
ネアモニ修道院は、エーゲ海東部のヒオス島にあり、聖母マリア図が有名です。<br />
<br />
ヒオス島は、独特な香りのする樹液「マスティハ」の産地としてで知られています。<br />
<br />
マスティハはヒオス島にのみ自生するうるし科のマスティック木から取れる樹液で、チューインガム、お菓子、ウゾ（蒸留酒）、歯磨き、香水、絵画用ニスなど非常に多くの目的に使用されています。<br />
<br />
また英語のMasticate（噛む）の語源にもなっています。<br />
<br />
非常に限られた地域でしか採れないことから高値で取引され、ヒオス島は昔から経済的にも文化的にも繁栄していました。]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <id>worldheritage.no-mania.com://entry/829</id>
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    <published>2007-10-27T10:30:53+09:00</published> 
    <updated>2007-10-27T10:30:53+09:00</updated> 
    <category term="ヨーロッパの世界遺産" label="ヨーロッパの世界遺産" />
    <title>ヴァールベリ・ラジオ放送局</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<strong>ヴァールベリ・ラジオ放送局</strong><br />
<br />
<table border="2"> <tr> <td><font size="-1">ヴァールベリ・ラジオ放送局<br />
Varberg Radio Station <br />
所在国：スウェーデン王国<br />
世界遺産登録年：2004年<br />
世界遺産の種類：文化遺産</font></td> </tr> </table> <br />
<br />
<em>ヴァールベリ・ラジオ放送局</em>は、スウェーデン・ハッランド県スウェーデン南西部のグリムトン地方行政区のヴァールベリ市の東7?のところにあります。<br />
<br />
1922〜24年に開設され、今でも使用可能な状態で保存、保管されています。<br />
<br />
初めて大西洋を無線通信でつないだ放送局として、また、現存する唯一のラジオ草創期の放送局として、通信技術の発展の歴史を伝える貴重な施設として世界遺産に登録されました。<br />
<br />
非常に保存状態が良く、無線送信設備は現在も稼動可能な状態です。<br />
<br />
1923年に築かれた高周波発電機式（アレキサンダーソン式）としては世界で唯一稼動可能な超長波 (VLF) 送信機を備えています。<br />
<br />
また、高さ127メートルの自立型鉄塔6基を電線が伝い、アンテナの放射素子として使われていることから、巨大な送電用鉄塔のようにも見えます。<br />
<br />
ヴァールベリ・ラジオ放送局は、超長波送信だけにとどまらず、短波帯、FM放送、テレビ放送の送信も行っています。<br />
<br />
1968年にはトランジスタや真空管を採用した2台目の送信機が導入されました。<br />
<br />
従来の発電機式送信機の17.2kHzとは同じアンテナを使っていますが、2台目の送信機は40kHz付近で設計されており、現在もまだスウェーデン海軍が運用しています。<br />
<br />
しかし、高価な周波数フィルタが必要となるため、アンテナを共用しての発電機式送信機との同時運用はできません。<br />
<br />
したがいまして、特別記念局からの送信は希少価値が非常に高いと言えます。<br />
<br />
1966年には、40kHz用送信機のある建物の隣に地上高260mの支線付マストが建てられました。]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <published>2007-10-27T10:30:07+09:00</published> 
    <updated>2007-10-27T10:30:07+09:00</updated> 
    <category term="ヨーロッパの世界遺産" label="ヨーロッパの世界遺産" />
    <title>アルト・ドウロ・ワイン生産地域</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<strong>アルト・ドウロ・ワイン生産地域</strong><br />
<br />
<table border="2"> <tr> <td><font size="-1">アルト・ドウロ・ワイン生産地域<br />
Alto Douro Wine Region  <br />
所在国：ポルトガル共和国<br />
世界遺産登録年：2001年<br />
世界遺産の種類：文化遺産</font></td> </tr> </table><br />
<br />
<em>アルト・ドーロのワイン生産地域</em>は、ポルトガルのグァルダ県にあり、北部を東西に流れるドーロ川の上流域の丘の斜面に広がるブドウの段々畑 が続来ます。<br />
<br />
段々畑を支える石壁の総延長は、数万kmに及びます。<br />
<br />
ここで産出されるワインは、ポート・ワインとして世界的にも有名です。<br />
<br />
ポートワインは、輝くルビー色、甘み、香り、コクが心地よく調和した気品あふれる味わいから、”ポ ルトガルの宝石”と称されるデザートワインです。<br />
<br />
夏の気温は４０℃以上、年間雨量900mmと言われるこの乾燥地帯に、良質のブドウを求めた人々が2000年にわたって築いた景観です。<br />
<br />
白壁の農家やワイン醸造地域の特徴を示す、優れた景観として世界遺産に登録されました。<br />
<br />
 この地域でワイン生産が活発となったのは、12世紀の半ばになってからです。<br />
<br />
それには様々な修道院組織がワイン畑の再興に貢献したとされています。<br />
<br />
ドウロ川流域で生産されたワインがドウロ川を下って下流のポルトへと運ばれるという遠距離交易が盛んになり、また、無敵艦隊へ供給されるワインの需要が高まったこともあり、ドウロ川流域のワイン畑は拡張されると同時に、ワインの品質の高さは、この地域を有名にしたのでした。<br />
<br />
16世紀になると、高品質のワインの需要はいっそう高まり、17世紀にかけてワイン畑はさらに拡張が続いきました。<br />
<br />
また、ワイン生産における技術革新が行われたのもこの時期であり、ますますこの地域のワインの商品価値はヨーロッパにおいて高まっていったといいます。<br />
<br />
ポート・ワインの最大の市場はイギリスです。<br />
<br />
1703年、ポルトガルとイギリスの間でメシュエン条約が締結され、ポルトガルで生産されるワインはフランス・ワインよりも低関税でイギリスに輸出されることとなり、ますます、アルト・ドウロ地域のワインは、イギリスへの輸出に依存度は高くなっていきました。]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <published>2007-10-27T10:27:21+09:00</published> 
    <updated>2007-10-27T10:27:21+09:00</updated> 
    <category term="ヨーロッパの世界遺産" label="ヨーロッパの世界遺産" />
    <title>アルタイのゴールデン・マウンテン</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<strong>アルタイのゴールデン・マウンテン</strong><br />
<br />
<table border="2"> <tr> <td><font size="-1">アルタイのゴールデン・マウンテン<br />
Golden Mountains of Altai <br />
所在国：ロシア連邦<br />
世界遺産登録年：1998年<br />
世界遺産の種類：自然遺産</font></td> </tr> </table><br />
<br />
<em>アルタイのゴールデン・マウンテン</em>は、ゴビ砂漠の北のアルタイ共和国ゴルノ・アルタイ自治州にある山脈です。<br />
<br />
アルタイという名前自体が「黄金の山々」と言う意味を持っています。<br />
<br />
アルタイは、ロシア、中国、カザフスタン、モンゴルの交わる地域に位置し、北アジアおよびシベリアで最も美しい場所と言われています。<br />
<br />
1998年に自然遺産として世界遺産に登録されました。<br />
<br />
登録地域は、水深325メートルの美しいテレスコヤ湖、最高峰のプラハ山（4506m）、ウコク高原の一帯の1611haにおよびます。<br />
<br />
この地域は、カラマツ、モミ等の針葉樹林を中心に、中央シベリアのステップ、森林ステップ、混合林、亜高山植物帯、高山植物帯の最も完全な連鎖でつながり、ユキヒョウ、イヌワシ、カタジロワシなど絶滅危惧種の重要な生息地でもある。<br />
<br />
著名な科学者の中には、アルタイを野外博物館と呼ぶ人もいる。<br />
<br />
アルタイのゴールデン・マウンテンの草原には、永久凍土の中にクルガンと呼ばれる石を組み上げて造った墳墓があります。<br />
<br />
凍土の下に埋もれていたため、衣装や靴、肩に入れた文身までが残されたまま発見されました。<br />
<br />
およそ2,500年前の衣装や風俗を伝える貴重な資料です。<br />
<br />
また、《マンモス骨格》は、高さ約3メートルの迫力あるもので、約40,000年前の地層から発掘されました。<br />
<br />
しかし、ここ100年で１〜２度の気温上昇により永久凍土が溶け出し、クルガンの腐敗・崩壊が進んでいます。]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <published>2007-10-27T10:26:32+09:00</published> 
    <updated>2007-10-27T10:26:32+09:00</updated> 
    <category term="ヨーロッパの世界遺産" label="ヨーロッパの世界遺産" />
    <title>ランメルスベルク鉱山と古都ゴスラー</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<strong>ランメルスベルク鉱山と古都ゴスラー</strong><br />
<br />
<table border="2"> <tr> <td><font size="-1">ランメルスベルク鉱山と古都ゴスラー<br />
 Mines of Rammelsberg and Historic Town of Goslar <br />
所在国：ドイツ連邦共和国<br />
世界遺産登録年：1992年<br />
世界遺産の種類：文化遺産</font></td> </tr> </table><br />
<br />
<em>ランメルスベルク鉱山とゴスラル</em>の歴史地区は、ドイツ共和国、ザクセン州南部のハルツ地方にあります。<br />
<br />
ランメルスベルク鉱山は、ハルツ山地の海抜635mの鉱山で、まず最初に銀鉱脈が発見されました。<br />
<br />
採掘が始まったのはローマ時代、1000年以上前であると考えられています。<br />
<br />
ゴスラルの町は、ハルツ地方の中心的な都市で、ランメルスベルク鉱山の麓にあり、鉱山の町として栄えました。<br />
<br />
13世紀末にはハンザ同盟に加わり、第2の興隆期を迎えました。<br />
<br />
 ゴスラルの町には歴代の皇帝・王の居留地が置かれ、神聖ローマ帝国の議会が開かれた宮殿や、毛織物組合の建物であるカイザーヴォルス、マルクト広場など、鉱山のもたらす富によって築かれた中世の美しい街並みが形成されました。<br />
<br />
その後、銅、鉛の鉱脈も発見され、銅や鉛の採掘が始まりましたが、1980年代に鉱脈が枯渇し、1988年閉鎖されました。<br />
<br />
閉山後、町は衰退していきましたが、美しい旧市街を訪れる観光客が絶えませんでした。<br />
<br />
1000年以上の歴史を持つランメルスベルクの鉱山は2700万トンの資源を産出したと考えられています。<br />
<br />
 鉱山が廃業したあと、鉱山と産業の歴史を示すために博物館が建設されています。]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <published>2007-10-27T10:25:43+09:00</published> 
    <updated>2007-10-27T10:25:43+09:00</updated> 
    <category term="ヨーロッパの世界遺産" label="ヨーロッパの世界遺産" />
    <title>ヘンダーソン島</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<strong>ヘンダーソン島</strong><br />
<br />
<table border="2"> <tr> <td><font size="-1">ヘンダーソン島<br />
Henderson Island  <br />
所在国：イギリス領<br />
世界遺産登録年：1988年<br />
世界遺産の種類：自然遺産</font></td> </tr> </table> <br />
<br />
 <em>ヘンダーソン島</em>は、南太平洋のポリネシア東端、ピトケアン諸島に属するイギリス領にある面積37平方キロメートルの環状珊瑚礁の無人島です。<br />
<br />
この無人島は、1606年にスペイン人航海士ペドロ・フェルナンド・デ・キロスによって発見されました。<br />
<br />
キロスによりますと、上陸した際は無人島であったが、古代ポリネシア人が生活していた思われる痕跡があったといいます。<br />
<br />
かつて存在したポリネシア人による社会が、何らかの理由で消滅したということが判っています。<br />
<br />
その後、島の存在はしばらく忘れ去られていましたが、1819年にイギリスのヘンダーソン船長が島に到着し「ヘンダーソン島」と命名されました。<br />
<br />
ヘンダーソン島には、原始の自然が手付かずのまま残されており、飛べない取りヘンダーソン・クイナ、ヘンダーソン・ヒメアオバト、ヘンダーソン・オームや昆虫やカタツムリの種の大半がなど、この島個有の貴重な動植物が生息しています。<br />
<br />
以前は滑走路建設計画の声もあったが中止され、現在ではこの島の環境全体が進化検証の場所として保護されています。<br />
<br />
独特の自然が残るこの島は1988年に世界遺産の自然遺産に登録されました。]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <published>2007-10-27T10:24:47+09:00</published> 
    <updated>2007-10-27T10:24:47+09:00</updated> 
    <category term="ヨーロッパの世界遺産" label="ヨーロッパの世界遺産" />
    <title>ブルノのツゲンドハット邸</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<strong>ブルノのツゲンドハット邸</strong><br />
<br />
<table border="2"> <tr> <td><font size="-1">ブルノのツゲンドハット邸 <br />
Tugendhat Villa in Brno<br />
所在国：チェコ共和国<br />
世界遺産登録年：2001年<br />
世界遺産の種類：文化遺産</font></td> </tr> </table><br />
<br />
<em>ブルノのツゲンドハット邸</em> は、チェコ共和国のモラヴィア地方の中心都市ブルノの近郊、ヴィタヴァ川とスヴラトゥカ川の合流点にあります。<br />
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ツゲンドハット邸 は、ツゲンドハット夫妻の結婚後の新居として、1930年にブルノ郊外の閑静な住宅地に建設されました。<br />
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バウハウスのディレクターでドイツ人の建築家のミース・ファン・デル・ローエ（1882〜1969年）が設計によるものです。<br />
<br />
この住宅は、ミースが近代建築の記念碑的な作品として知られる1929年の「バルセロナ国際博覧会ドイツ館のダイナミックな空間概念を一般の住宅という分野にも応用した事例として取り上げられました。<br />
<br />
ツゲンドハット邸 は、急な傾斜地に建てられているため、表側から見ると一見、平屋に見えますが、実際には上下二つの階から構成されています。<br />
<br />
玄関がある上階には家族のプライベートな個室が配され、下階は、居間、食堂、台所、書斎などからなる開放的なリビングスペースとなっています。<br />
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ブルノの 有名な出身者、居住者として次の方々いらっしゃいます。<br />
<br />
・グレゴール・ヨハン・メンデル ・ミラン・クンデラ（作家） ・レオシュ・ヤナーチェク（作曲家） ・エーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルト（作曲家） ・エルンスト・マッハ（哲学者） ・クルト・ゲーデル（数学者） ・オイゲン・フォン・ベーム＝バヴェルク（経済学者） ・ヤナ・ノボトナ（テニス選手） ・ヤン・ポラーク（サッカー選手）]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <published>2007-10-27T10:23:48+09:00</published> 
    <updated>2007-10-27T10:23:48+09:00</updated> 
    <category term="ヨーロッパの世界遺産" label="ヨーロッパの世界遺産" />
    <title>ファールンの大銅山地域</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<strong>ファールンの大銅山地域</strong><br />
<br />
<table border="2"> <tr> <td><font size="-1">ファールンの大銅山地域<br />
Mining Area of the Great Copper Mountain in Falun<br />
所在国：スウェーデン<br />
世界遺産登録年：2001年<br />
世界遺産の種類：文化遺産</font></td> </tr> </table><br />
<br />
<em>ファールンの大銅山地域</em>は、スウェーデンの森と湖に囲まれたの美しい自然と民族的伝統が色濃く残るダーラナ地方の中心都市で、8〜9世紀から銅の採掘が始められた世界有数の鉱山の町です。<br />
<br />
17世紀半ばには世界の銅の産出量が70％に達しました。<br />
<br />
採掘は1992年まで続けられ、何世紀にもわたって、ヨーロッパの経済、社会、政治の発展に強い影響を及ぼしてきました。<br />
<br />
17世紀後半から19世紀に作られた工場や、深さ90メートルの採掘坑、旧市街には聖堂などかっての繁栄の面影を感じさせる17世紀の聖堂など歴史的建造物がのこっており、2001年に世界文化遺産に登録されました。<br />
<br />
構内には立派な博物館もあり、鉱山の歴史や模型、採掘道具などが展示されています。<br />
<br />
建物の裏側には巨大な露天掘りの採掘現場があり、これを見下ろす展望台から一望できます。<br />
<br />
坑道内の見学は、一見の価値があります。<br />
<br />
先ず、入口の建物の階段を地下に下りていくと詰め所があり、そこでマント式のオレンジ色のカッパを着てヘルメットをかぶります。<br />
<br />
そこからエレベーターで一気に地下５５メートルまで下りて行きます。<br />
<br />
 坑道内はかなり寒く、時折しずくが落ちてきます。<br />
<br />
カッパを着た理由が判りました。<br />
<br />
 坑道はまるで蟻の巣のようで、２０８メートルの縦坑を覗き込んだり、狭い通路を上がったり下がったりしながら何処をどう歩いたか分かリませんが、1時間ほどで地上に戻ってきました。]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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    <published>2007-10-27T10:22:24+09:00</published> 
    <updated>2007-10-27T10:22:24+09:00</updated> 
    <category term="ヨーロッパの世界遺産" label="ヨーロッパの世界遺産" />
    <title>デロス島</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<strong>デロス島</strong><br />
<br />
<table border="2"> <tr> <td><font size="-1">デロス島<br />
Delos<br />
所在国：ギリシャ共和国<br />
世界遺産登録年：1990年<br />
世界遺産の種類：文化遺産</font></td> </tr> </table><br />
<br />
<em>デロス島</em>は、エーゲ海を中心に存在するおよそ3000もの島によって構成されるキクラデス諸島に属するギリシャの島です。<br />
<br />
ミコノス島にくっつくようにして浮かんでいます。<br />
<br />
デロス島には、コンピターレスのアゴラ、 アポロン神殿 、アルテミス神殿、ライオンの回廊、デロスの神殿 など数多くの遺産が残されています。<br />
<br />
よく写真にでているデロス島のライオン像が有名ですが、これらの像はすべてレプリカです。<br />
<br />
といっても風化の状態まで実に忠実に本物そっくりに再現されています。<br />
<br />
本物はデロス島の博物館に展示されています。<br />
<br />
また、ここはギリシャ神話では、アポロンとアルテミスの生誕地として、聖地とされているところです。<br />
<br />
大神ゼウスの浮気癖は有名な話ところですが、不倫相手の女神レトに身ごもらせ、出産させたのが、このデウス島です。<br />
<br />
神話によれば、レトがゼウスの子を身ごもったとき、自分の子供よりも立派な神が生まれるというお告げを受けた正妻ヘラは嫉妬にかられ、レトがお産する場所を与えないよう、島という島、陸地という陸地におふれをまわしました。<br />
<br />
ヘラの怒り触れたら大変とばかりにどこの地も島もレトの受け入れを拒みました。<br />
<br />
そのとき、唯一お産の場所を提供したのがデロスだったのです。<br />
<br />
デロスは、レトの姉妹でゼウスの愛を拒んだためにうずらに変えられてしまったアステリアの変わり果てた姿でした。<br />
<br />
そのデロスで7日7晩にわたる陣痛の後に産んだのが、日の神アポロンと月と狩の女神アルテミスです。<br />
<br />
とのとき、産湯に使ったといわれる「聖なる湖」は、1924年にマラリア蚊が発生したため埋められてしまい、現在は草原になっています。<br />
<br />
また、そのときまで浮島だったデロスは、このときポセイドンのはからいで海底に固定され、その周りに他の島々が集まったのだといわれ、これがキクラデス諸島となりました。<br />
<br />
キクラデス諸島とは、キクロスとデロスをつなげた呼称で『デロスを囲む』という意味を持つのだそうです。]]> 
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            <name>No Name Ninja</name>
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