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エンゲルスベリの製鉄所
エンゲルスベリの製鉄所は、スウェーデン王国、ヴェストマンランド県、ファーゲシュタ地方のエンゲルスバーリ村にある製鉄所で、スウェーデン王国の首都ストックホルムの北西約130Kmに位置しています。
スウェーデンは、世界でも有数の鉄鉱石が産出される国であり、埋蔵量も豊富で、エンゲルスバーリ村では、14世紀初めにはすでに製鉄所が存在していていました。
大砲などの普及によって、鉄の需要が増えていき、1681年には最新式の溶鉱炉が新たに設置されました。
製鉄業はスウェーデンの基幹産業になっていきましたが、19世紀になって、銑鉄を簡単に鋼に変えるベッセマー法の普及により製鉄法が変わってきて、設備が時代遅れになってしまい終焉を迎えることになります。
現在は鉄のハンマーのついた粉砕機や、水車を利用した溶鉱炉、工場主の木造住宅など50以上の建物が、ほぼ完全な状態でのこっています。
エンゲルスベリの製鉄所 Engelsberg Ironworks 所在国:スウェーデン王国 世界遺産登録:1993年 種類:文化遺産 |
エンゲルスベリの製鉄所は、スウェーデン王国、ヴェストマンランド県、ファーゲシュタ地方のエンゲルスバーリ村にある製鉄所で、スウェーデン王国の首都ストックホルムの北西約130Kmに位置しています。
スウェーデンは、世界でも有数の鉄鉱石が産出される国であり、埋蔵量も豊富で、エンゲルスバーリ村では、14世紀初めにはすでに製鉄所が存在していていました。
大砲などの普及によって、鉄の需要が増えていき、1681年には最新式の溶鉱炉が新たに設置されました。
製鉄業はスウェーデンの基幹産業になっていきましたが、19世紀になって、銑鉄を簡単に鋼に変えるベッセマー法の普及により製鉄法が変わってきて、設備が時代遅れになってしまい終焉を迎えることになります。
現在は鉄のハンマーのついた粉砕機や、水車を利用した溶鉱炉、工場主の木造住宅など50以上の建物が、ほぼ完全な状態でのこっています。
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エチミアツィンの大聖堂と教会群及びズヴァルトノツの古代遺跡
エチミアツィンの大聖堂と教会群及びズヴァルトノツの古代遺跡は、アルメニア共和国の中西部アルマヴィル地方にあり、アララト山とアラガツ山に挟まれたアララト平野に位置しています。
アルメニアの首都エレバンの西側にあり、約60kmにわたってトルコと国境を接していて、アルメニア国内でも最も肥沃な地方の一つです。
アルメニアは世界でも最も古い文化を持つ国のひとつで、301年には、歴史上初めてキリスト教を国教と定めて、303年にエチミアツィン大聖堂が建てられたのを筆頭に、アルメニア高地には次々と珠玉の宗教建築が建てられ、アルメニア最古の教会です。
2世紀末頃、この国でキリスト教の布教につとめていた最初の大主教啓蒙者グレゴリオスが、キリストが天から下りて、金色の槌で大地に触れるビジョンを見て、そのお告げに従いこの地に木造の教会を建てたといいます。
それが、アルメニア正教会の総本山エチミアツィン大聖堂で、毎年夏には世界中に離散したアルメニア人がここに集うようです。
この教会は、キリストの脇腹を刺したと伝えられるロンギヌスの槍と、ノアの箱舟の断片が展示されています。
エチミアツィンの大聖堂と教会群及びズヴァルトノツの古代遺跡 Cathedral and Churches of Echmiatsin and the Archaeological Site of Zvartnots 所在国:アルメニア共和国 世界遺産登録:2000年 種類:文化遺産 |
エチミアツィンの大聖堂と教会群及びズヴァルトノツの古代遺跡は、アルメニア共和国の中西部アルマヴィル地方にあり、アララト山とアラガツ山に挟まれたアララト平野に位置しています。
アルメニアの首都エレバンの西側にあり、約60kmにわたってトルコと国境を接していて、アルメニア国内でも最も肥沃な地方の一つです。
アルメニアは世界でも最も古い文化を持つ国のひとつで、301年には、歴史上初めてキリスト教を国教と定めて、303年にエチミアツィン大聖堂が建てられたのを筆頭に、アルメニア高地には次々と珠玉の宗教建築が建てられ、アルメニア最古の教会です。
2世紀末頃、この国でキリスト教の布教につとめていた最初の大主教啓蒙者グレゴリオスが、キリストが天から下りて、金色の槌で大地に触れるビジョンを見て、そのお告げに従いこの地に木造の教会を建てたといいます。
それが、アルメニア正教会の総本山エチミアツィン大聖堂で、毎年夏には世界中に離散したアルメニア人がここに集うようです。
この教会は、キリストの脇腹を刺したと伝えられるロンギヌスの槍と、ノアの箱舟の断片が展示されています。
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ヴルコリニェツ
ヴルコリニェツは、スロバキア共和国中部のニーズケー・タトリ山中にある小さな村で、昔から狼を仕留める猟師達の村として知られています。
スロバキア語で、ヴルコとは狼という意味で、その名前が付けられました。
ヴルコリニェツには45戸の木造家屋が保存されていて、中世以来の伝統的な工法の建物群が現存しています。
伝統的な工法とは、石を積み上げて土台を作り、その上に丸太を乗せます。
入母屋の屋根は細く切った板で柿茸(こけらぶき)にして、木の壁には土を塗って、その上に漆喰を塗って仕上げます。
どの家も作りはほぼ同じで、平屋建てで部屋数が3つです。
建造物は、村人の居住だけではなく、1770年に建てられた木造の鐘楼や、1875年に建てられた木造の聖母聖堂もあります。
町並みなどが対象となる「建造物群」に分類される世界文化遺産の中では、ヴルコリニェツは最小クラスの物件です。
ヴルコリニェツ Vlkolinec 所在国:スロバキア共和国 世界遺産登録:1993年 種類:文化遺産 |
ヴルコリニェツは、スロバキア共和国中部のニーズケー・タトリ山中にある小さな村で、昔から狼を仕留める猟師達の村として知られています。
スロバキア語で、ヴルコとは狼という意味で、その名前が付けられました。
ヴルコリニェツには45戸の木造家屋が保存されていて、中世以来の伝統的な工法の建物群が現存しています。
伝統的な工法とは、石を積み上げて土台を作り、その上に丸太を乗せます。
入母屋の屋根は細く切った板で柿茸(こけらぶき)にして、木の壁には土を塗って、その上に漆喰を塗って仕上げます。
どの家も作りはほぼ同じで、平屋建てで部屋数が3つです。
建造物は、村人の居住だけではなく、1770年に建てられた木造の鐘楼や、1875年に建てられた木造の聖母聖堂もあります。
町並みなどが対象となる「建造物群」に分類される世界文化遺産の中では、ヴルコリニェツは最小クラスの物件です。