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サフランボル市街
サフランボル市街は、オスマン帝国の隊商都市として繁栄しました。
サフランボルの名前は、香料サフランの集積地として発展した歴史にの由来しています。
1994年、世界遺産に登録されたサフランボル旧市街は、乾燥した峡谷に位置しており、市街の約2?東に位置しています。
サフランボル旧市街には、私立の博物館が1つ、25のモスク、5つの霊園、8つの歴史的な噴水、5つのトルコ式浴場、3つの隊商宿(キャラバンサライ)、1つの歴史的な時計等、1つの日時計及び数百に上るイスラーム建築によって建設された住居など、17世紀のトルコ風木造家屋が数多く残っています。
建物の2階もしくは3階がせり出した独特の様式の民家は、帝国の交易路に点在する多くの町の建設に大きな影響を及ぼしました。
ほかの町は、19世紀の鉄道の発達によって様相を変えましたが、サフランボルにはその影響が及ばず、往時の様子をとどめています。
※トルコ共和国(トルコきょうわこく)、通称トルコ(土耳古)は西アジアのアナトリア半島(小アジア)と東ヨーロッパのバルカン半島東端の東トラキア地方を領有する、アジアとヨーロッパの2つの州にまたがる共和国。
首都はアナトリア中央部のアンカラ。
最大都市はイスタンブール。
北は黒海、南は地中海に面し、西でブルガリア、ギリシアと、東でグルジア、アルメニア、イラン、イラク、シリアと接する。
国土の大半の部分はアナトリア半島にあたり、国民の99%がスンナ派イスラム教を信仰するため、日本の地域区分では地理的な位置関係と、欧州即ちキリスト教というステレオタイプから中東、西アジアに含めることがほとんどであるが、サッカー協会やオリンピック委員会などではヨーロッパの統一団体に属す。
経済的、政治的にもヨーロッパの一員として扱われることがあり、現在欧州連合(EU)へ加盟申請中である。
現在欧州でイスラム教が人口の過半数を占めている国家はトルコとアルバニア、及びボスニア・ヘルツェゴビナのみである。
サフランボル市街 City of Safranbolu 所在国:トルコ共和国 世界遺産登録年:1994年 世界遺産の種類:文化遺産 |
サフランボル市街は、オスマン帝国の隊商都市として繁栄しました。
サフランボルの名前は、香料サフランの集積地として発展した歴史にの由来しています。
1994年、世界遺産に登録されたサフランボル旧市街は、乾燥した峡谷に位置しており、市街の約2?東に位置しています。
サフランボル旧市街には、私立の博物館が1つ、25のモスク、5つの霊園、8つの歴史的な噴水、5つのトルコ式浴場、3つの隊商宿(キャラバンサライ)、1つの歴史的な時計等、1つの日時計及び数百に上るイスラーム建築によって建設された住居など、17世紀のトルコ風木造家屋が数多く残っています。
建物の2階もしくは3階がせり出した独特の様式の民家は、帝国の交易路に点在する多くの町の建設に大きな影響を及ぼしました。
ほかの町は、19世紀の鉄道の発達によって様相を変えましたが、サフランボルにはその影響が及ばず、往時の様子をとどめています。
※トルコ共和国(トルコきょうわこく)、通称トルコ(土耳古)は西アジアのアナトリア半島(小アジア)と東ヨーロッパのバルカン半島東端の東トラキア地方を領有する、アジアとヨーロッパの2つの州にまたがる共和国。
首都はアナトリア中央部のアンカラ。
最大都市はイスタンブール。
北は黒海、南は地中海に面し、西でブルガリア、ギリシアと、東でグルジア、アルメニア、イラン、イラク、シリアと接する。
国土の大半の部分はアナトリア半島にあたり、国民の99%がスンナ派イスラム教を信仰するため、日本の地域区分では地理的な位置関係と、欧州即ちキリスト教というステレオタイプから中東、西アジアに含めることがほとんどであるが、サッカー協会やオリンピック委員会などではヨーロッパの統一団体に属す。
経済的、政治的にもヨーロッパの一員として扱われることがあり、現在欧州連合(EU)へ加盟申請中である。
現在欧州でイスラム教が人口の過半数を占めている国家はトルコとアルバニア、及びボスニア・ヘルツェゴビナのみである。
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サンガイ国立公園
サンガイ国立公園は、エクアドル中央部モロナ・サンティアゴ州、チンボラソ州、トゥングラワ州にまたがる国立公園で、標高800〜5000mの広大な地域に位置するアンデス山脈内の標高差4000m以上に広がっています。
面積は5177.65km? にも及んでいます。
(世界遺産登録地域は2719.25 km?)。
1983年に世界自然遺産に登録されました。
公園名の由来となったサンガイ山(標高5230 m)とトゥングラワ山(標高5016 m)という二つの活火山を持ち、さらにもう一つ、カルデラ湖を持つ休火山アルタール山(標高5320m)がそびえています。
氷河地帯や、世界でもっとも長時間にわたって火山活動を続けているサンガイ山に代表される火山群、植生においては荒涼としたパンパ地帯、急斜面の雲霧林帯、標高800m付近の熱帯雨林など、多様な自然が広がり、5000m級の高山帯を含んでいることから、高さによって動物相・植物相とも豊かで800 - 1800m 地域にはジャングルが広がり、コンゴウインコをはじめとする40種以上のオウムのほか鳥類や、モルフォチョウなどの昆虫類が生息し、アマゾン川の支流にはピラニアもいます。
2000 - 3000m地域は森林が広がっていて、サンガイ国立公園のシンボルにもなっているヤマバクをはじめとして、ジャガー、メガネグマなどが生息しています。
4000m地域になると植生はまばらになりますが、コンドルなどが棲息しています。
それより高くなると、氷河と岩肌のみの荒涼な地形になります。
1992年、公園内に縦貫道路建設の計画がもち上がったことから、危機遺産に登録されましたが、計画中止により2005年にリストから削除されました。
サンガイ国立公園 Sangay National Park 所在国:エクアドル共和国 世界遺産登録年:1983年 世界遺産の種類:自然遺産 |
サンガイ国立公園は、エクアドル中央部モロナ・サンティアゴ州、チンボラソ州、トゥングラワ州にまたがる国立公園で、標高800〜5000mの広大な地域に位置するアンデス山脈内の標高差4000m以上に広がっています。
面積は5177.65km? にも及んでいます。
(世界遺産登録地域は2719.25 km?)。
1983年に世界自然遺産に登録されました。
公園名の由来となったサンガイ山(標高5230 m)とトゥングラワ山(標高5016 m)という二つの活火山を持ち、さらにもう一つ、カルデラ湖を持つ休火山アルタール山(標高5320m)がそびえています。
氷河地帯や、世界でもっとも長時間にわたって火山活動を続けているサンガイ山に代表される火山群、植生においては荒涼としたパンパ地帯、急斜面の雲霧林帯、標高800m付近の熱帯雨林など、多様な自然が広がり、5000m級の高山帯を含んでいることから、高さによって動物相・植物相とも豊かで800 - 1800m 地域にはジャングルが広がり、コンゴウインコをはじめとする40種以上のオウムのほか鳥類や、モルフォチョウなどの昆虫類が生息し、アマゾン川の支流にはピラニアもいます。
2000 - 3000m地域は森林が広がっていて、サンガイ国立公園のシンボルにもなっているヤマバクをはじめとして、ジャガー、メガネグマなどが生息しています。
4000m地域になると植生はまばらになりますが、コンドルなどが棲息しています。
それより高くなると、氷河と岩肌のみの荒涼な地形になります。
1992年、公園内に縦貫道路建設の計画がもち上がったことから、危機遺産に登録されましたが、計画中止により2005年にリストから削除されました。
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サルヴァドール・デ・バイア歴史地区
サルヴァドール・デ・バイア歴史地区は、植民地ブラジルの最初の首都となった所です。
1763年、サトウキビ産業の衰退に伴い、金やダイヤモンドの産地のミナス・ジェライスから近い港であるリオ・デ・ジャネイロに 首都が遷りました。
サルヴァドールは、現在はバイーヤ州の首都となっています。
1985年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。
ポルトガル人が、サトウキビ農園の労働力としてアフリカから連れてきた黒人たちの奴隷輸入の基地として繁栄してきたこの街は、その暗黒時代を経て、現在はアフリカの人々の文化、ポルトガルの文化、そしてブラジル古来の文化が融合し、なんとも不思議な雰囲気を作り出している暖かい街になっています。
奴隷市場が開かれた歴史地区は、高さ80mの崖を境に上下に分かれ、港に面した下町は商業地区、上町は、化粧漆喰で彩られた瀟洒な邸宅や、17〜18世紀のバロック様式の聖堂が並ぶ植民地時代の街並みとなっています。
18世紀初頭に建てられたサン・フランシスコ聖堂は、「黄金の聖堂」の呼び名どおり、天井から壁、祭壇に至るすべてが金箔で覆われ、当時の繁栄ぶりを伝えています しかし、これらの美しい美しい古都は、実は狂気ともいえる奴隷制の上に築かれたものであることを忘れてはいけません。
当時サトウキビ農園主が暮らした邸宅の片隅に、反抗した労働者に飲まず食わずの刑罰を加えるために使われた木製の足かせが残っていいます。
「アフリカ人は人間ではない」。
ポルトガルが国を挙げ19世紀まで強行した大西洋を股にかける奴隷システム。
サルヴァドールはその舞台となった負の遺産なのです。
2月、サルヴァドールは年に一度のサンバ・カーニバルが行われ、街の装いが一変します。
路地のあちこちで地響きのように鳴り始めるパーカッションのリズム。
サンバ・カーニバルといえば、リオのカーニバルが有名ですが、サルヴァドールのカーニバルも大変な盛り上がりを見せます。
実はサンバの原型を生み出したのは16世紀、サルヴァドールに連行されたアフリカの人々でした。
カーニバルはキリスト教のカトリックの儀式の復活祭までの 40日間が禁欲期間になるため、その前の時期を楽しもうということで始まりました。
当時の音はどんなものだったのか、そしてそこにはどんな思いが込められているのでしょうか。
アフリカ系ブラジル人が400年以上、弾圧をかいくぐりながら受け継いできた儀式が繰り広げられます。
リオのカーニバルは基本的にはサンボドロモ(サンバの会場)でパレードを見るといった、見て楽しむというものですが、サルヴァドールのカーニバルは一緒に混じって歩いて踊るという参加型のカーニバルだそうです。
サルヴァドール・デ・バイア歴史地区 Historic Centre of Salvador de Bahia 所在国:ブラジル連邦共和国 世界遺産登録年:1985年 世界遺産の種類:文化遺産 |
サルヴァドール・デ・バイア歴史地区は、植民地ブラジルの最初の首都となった所です。
1763年、サトウキビ産業の衰退に伴い、金やダイヤモンドの産地のミナス・ジェライスから近い港であるリオ・デ・ジャネイロに 首都が遷りました。
サルヴァドールは、現在はバイーヤ州の首都となっています。
1985年にユネスコ世界文化遺産に登録されました。
ポルトガル人が、サトウキビ農園の労働力としてアフリカから連れてきた黒人たちの奴隷輸入の基地として繁栄してきたこの街は、その暗黒時代を経て、現在はアフリカの人々の文化、ポルトガルの文化、そしてブラジル古来の文化が融合し、なんとも不思議な雰囲気を作り出している暖かい街になっています。
奴隷市場が開かれた歴史地区は、高さ80mの崖を境に上下に分かれ、港に面した下町は商業地区、上町は、化粧漆喰で彩られた瀟洒な邸宅や、17〜18世紀のバロック様式の聖堂が並ぶ植民地時代の街並みとなっています。
18世紀初頭に建てられたサン・フランシスコ聖堂は、「黄金の聖堂」の呼び名どおり、天井から壁、祭壇に至るすべてが金箔で覆われ、当時の繁栄ぶりを伝えています しかし、これらの美しい美しい古都は、実は狂気ともいえる奴隷制の上に築かれたものであることを忘れてはいけません。
当時サトウキビ農園主が暮らした邸宅の片隅に、反抗した労働者に飲まず食わずの刑罰を加えるために使われた木製の足かせが残っていいます。
「アフリカ人は人間ではない」。
ポルトガルが国を挙げ19世紀まで強行した大西洋を股にかける奴隷システム。
サルヴァドールはその舞台となった負の遺産なのです。
2月、サルヴァドールは年に一度のサンバ・カーニバルが行われ、街の装いが一変します。
路地のあちこちで地響きのように鳴り始めるパーカッションのリズム。
サンバ・カーニバルといえば、リオのカーニバルが有名ですが、サルヴァドールのカーニバルも大変な盛り上がりを見せます。
実はサンバの原型を生み出したのは16世紀、サルヴァドールに連行されたアフリカの人々でした。
カーニバルはキリスト教のカトリックの儀式の復活祭までの 40日間が禁欲期間になるため、その前の時期を楽しもうということで始まりました。
当時の音はどんなものだったのか、そしてそこにはどんな思いが込められているのでしょうか。
アフリカ系ブラジル人が400年以上、弾圧をかいくぐりながら受け継いできた儀式が繰り広げられます。
リオのカーニバルは基本的にはサンボドロモ(サンバの会場)でパレードを見るといった、見て楽しむというものですが、サルヴァドールのカーニバルは一緒に混じって歩いて踊るという参加型のカーニバルだそうです。