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クーリナの古代遺跡
クーリナ(キュレネ:Cyrene)の古代遺跡は大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国(通称リビア)の東部沿岸にある古代ギリシャ都市で、この地方にあった5つの都市の中で最大かつ最重要の都市であり、1982年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
クリーナ(キュレネ)は紀元前630年頃にティラ島のギリシャ人たちの植民都市として、北アフリカの港アポロニアから約16kmほどのところに建設され、エジプトとカルタゴの間に位置するリビア地方の中心都市となり全ギリシャ都市との交易を行い、紀元前5世紀には最盛期を迎えました。
しかしその後ローマ帝国、続いてエジプトに支配され、7世紀になってイスラム・アラブ軍に滅ぼされ砂に埋もれていましたが、18世紀になって再発見された古代遺跡です。
現在クリーナ(キュレネ)の古代遺跡にはギリシア式建築物やローマ式建築物などが残されています。
クーリナの古代遺跡 Archaeological Site of Cyrene 所在国:大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国 世界遺産登録年:1982年 世界遺産の種類:文化遺産 |
クーリナ(キュレネ:Cyrene)の古代遺跡は大リビア・アラブ社会主義人民ジャマーヒリーヤ国(通称リビア)の東部沿岸にある古代ギリシャ都市で、この地方にあった5つの都市の中で最大かつ最重要の都市であり、1982年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されました。
クリーナ(キュレネ)は紀元前630年頃にティラ島のギリシャ人たちの植民都市として、北アフリカの港アポロニアから約16kmほどのところに建設され、エジプトとカルタゴの間に位置するリビア地方の中心都市となり全ギリシャ都市との交易を行い、紀元前5世紀には最盛期を迎えました。
しかしその後ローマ帝国、続いてエジプトに支配され、7世紀になってイスラム・アラブ軍に滅ぼされ砂に埋もれていましたが、18世紀になって再発見された古代遺跡です。
現在クリーナ(キュレネ)の古代遺跡にはギリシア式建築物やローマ式建築物などが残されています。
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